国政に足をかけると偉そうに言っておいて、こういう問題が起きれば有権者は一気に冷める、と橋本市長。
維新の会の規模が拡大すれば、ゴミも増える。
橋下憎しの連中は、このゴミを大きく取りあげて橋下を貶めようとするだろう。
橋本市長が素早く手を打ったのもうなずけるが、議員の管理のたがが緩んでいる証拠と見られ、橋下を補佐する体制に弱さが見られる。
国政に足をかけると偉そうに言っておいて、こういう問題が起きれば有権者は一気に冷める、と橋本市長。
維新の会の規模が拡大すれば、ゴミも増える。
橋下憎しの連中は、このゴミを大きく取りあげて橋下を貶めようとするだろう。
橋本市長が素早く手を打ったのもうなずけるが、議員の管理のたがが緩んでいる証拠と見られ、橋下を補佐する体制に弱さが見られる。
朝、新聞を開いて思わず胸が熱くなり、「今日もがんばろう」と感じる記事がどのくらいあるだろうか。
そうなのだ。
近藤部長が言うとおり、私も常日頃新聞を読むということは嫌な気分になるための自虐的な行為なのだろうかといぶかしく思っていた。
もちろん報道であるから、人を上機嫌にさせるような記事ばかりとなる訳がないのは百も承知ではあるが、それにしても、、、。
このような状況を殊更悪い報(しら)せを期待するような「自虐メディア」の様相ではないかと断じ、産経新聞は、自虐史観との決別を唯一掲げる新聞だ。人々が「ヨシ!」と奮起できるような記事を少しでも多くお届けしたいと決然と表明してくれたのは頼もしくうれしかった。
その心意気と所信表明は高く評価したい。
自国の歴史や伝統を忌み嫌う自虐史観教育を受けた世代がメディア界の中心層に多いため嫌がらせや妨害があるかもしれないが、紙面のクオリティ向上に一肌も二肌も脱いでいただきたい。
不振にあえいできたイチローは最後の土壇場で目の覚めるような二塁打を打ち、侍ジャパンに優勝をもたらした。
大歓声を上げるとともに膝を叩いて、さすが千両役者!と思わずうなってしまった。不景気に苦しむ人々に元気と夢と希望を与えるまさに会心の一撃だった。
私にはイチローのこの日の一打を忘れることはきっとできないだろう。
同じ日、一郎は「涙の続投宣言」を行った。
日頃のアクの強さを封じ込み、神妙に謝罪の弁を述べ、涙を浮かべ、ときに涙声になりながら、最後には鼻まですすり上げたのだ。
お涙ちょうだいのあまりに嘘っぽい会見にすっかりシラケ、フン!おぬし役者じゃのーとこちらも鼻を鳴らすほかなかった。
言葉や態度は違えども、これまでの強弁や居直りの単なる繰り返しではないか。これでは私だって納得がいかない、合点がいかない。
一郎の秘書が逮捕されたのは以前のブログでも触れたように、金額、期間、そしてその手法の悪質性にある。事務的な間違いとは到底言えないのだ。
さすが、政治の混迷にあきれる人々に改めて失望と落胆と諦めを与える一郎ならではの会見だった。
あんな一郎の会見なんぞ思い出すのも不愉快である。
こんな一郎との一蓮托生を選択した民主党の面々は議会制民主主義の根幹を揺るがす事態に自らの自浄能力を放棄したものであり、一郎の金権体質を積極的に容認したものであり、選挙での勝利のためなら悪魔に魂を売って恥じない愚か者といわれても仕方がないだろう。
このイベントを企画した樺島正法弁護士というのは光市母子殺人事件で、弁護団への懲戒請求をテレビで訴えた橋下弁護士に対して懲戒請求をした人物である。
橋下府政と言うより、橋下弁護士憎しの人物なのではないか。
そのような人物が企画したイベントに招待された顔ぶれも面白い。
関西学院大の野田正彰教授といえば光市母子殺人事件で弁護団から選任された弁護側精神鑑定人として記憶に残る。
また、野田教授は日の丸・君が代裁判における原告側支援者の一人として、東京都教育委員会の教員に対する国歌斉唱・国旗掲揚の指示は「家族や自分の命を失うのと同じぐらいの(職業倫理の)喪失」であると証言した人物である。
おおよそ、思想的傾向がわかろうというもの。
しかし、府政批判に名を借りたイベントであるから橋下知事の文化行政批判のために藤本義一を、府庁移転反対のために本山教授を引っ張ってきたのだろう。
私は大阪府民であるから、橋下府政に問題があるというなら聞く耳は持っているつもりであるが、新聞の記事を読む限り批判の体をなしていないように思える。
例えば藤本義一の「文化や伝統を自分の意識で解釈し、メディアが取り上げることを満喫しており、知事としては問題」などは批判というより、主観的な難癖としか言いようがない。
藤本義一のような盛りを過ぎた時代遅れの文化人がなにを言おうとも社会への発信力はほとんどないだろう。
橋下知事を貶めようと反日左翼の面々が浮かび上がって騒ぐのをみていると面白い。
中谷元・元防衛庁長官が言うごとく、「在日米軍は第7艦隊で十分」との発言をした小沢代表の真意を確認しようと参考人招致を要求するのは当然である。
ちまたで次期総理とうわさの高い小沢代表がわが国の防衛力、日米同盟のあり方に対し聞き捨てにならない発言をしたのであれば自民党はもとより民主党ほか野党の面々も、小沢代表がわが国の安全保障についてどう考えているのか是非とも知りたいのではないか。
政治家だけではない。我々庶民にしてもぜひ聞いておきたいことだ。
だのに、民主党はなぜ反発するのか。
いかなる理由によって反発するのか。
察するに、民主党はもし小沢代表が国会でわが国の安全保障についての自らの意見を開陳すれば、「政局」に不利に働くと見ているからに違いない。総選挙までは触れられたくない「恥部」なのだろう。
だが、隣に核やミサイルを携えたヤクザ国家があるというのに、いましも「人工衛星」を発射するというのに、民主党はわが国の安全保障よりも「政局」の方を優先するというのだろうか。
いわんや、中谷氏の謝罪か理事辞任がなければ同委での法案審議に応じない構えなどとは言語道断である。
「恥部」に触れられたくないばかりに、理由も示さず、審議拒否にでるのでは「国民の生活が第一」とは到底言うことができない。
さしずめ「一に政局、二に利権、三四がなくて(国民不在の)五里夢中」というところか。
大阪府東大阪市にある「司馬遼太郎記念館」をご存知だろうか。
ここの圧巻は地下1階から地上2階にいたる吹き抜けの巨大な書架である。約2万冊が展示されているが、実際の蔵書は4万冊もあるらしい。

(某HPより転載)
庭の一画には「司馬遼太郎記念館建設にご協力いただいた方々」の名を刻んだ金属看板が立てられている。「協力」とは募金のことであり、その数の多さに驚く。
この記念館は司馬遼太郎の遺産の一部を使った司馬遼太郎記念財団が記念館の維持運営に当たっているので財政面での問題は特にないのだろう。
これは司馬遼太郎であればこそできたことであって、児童文学研究者の鳥越氏ではこうはいかなかったに違いない。
自分が集めた蔵書を自分の手元においておきたいのは誰しも同じはずだ。だが、12万冊の蔵書を維持保管するのは並大抵なことではない。
鳥越氏は蔵書の維持保管に要する費用の負担を回避すべく児童文学館に寄贈したのではないか。
維持保管費用の負担に耐えられずにこの類の寄贈をするのはなにも鳥越氏に限ったことではなく、よく見られることだ。
従って、児童文学館廃止に反対する鳥越氏は本心から蔵書全てを返してもらおうと思っているわけではない。だから、橋下知事に「全てお返しする」といわれてあわてたのではないか。
鳥越氏のホンネは自らが常務理事を務める児童文学館が廃止されるのを妨害したいだけなのではないか。
「研究機関である児童文学館と(蔵書の移転先の)府立中央図書館は機能が異なる。資料は研究のために寄贈したものだ」と主張してわずか1100冊の書籍返還のみを提訴すると言う。
研究の為に寄贈したはずの蔵書が図書館に移転されれば、研究に使えなくなるという主張は理解しがたいし、わずか1100冊の返還しか求めないことからも鳥越氏の本心が透けて見える。
大阪府はこのような妨害工作には毅然とした姿勢を示す必要がある。
小沢一郎は迂回献金疑惑を全面否認したが、案の定ボロが次々と出始めた。
小沢一郎は自分の利益のために偽装を重ねたあげく、それを隠そうとして国民に対し嘘を言ったようだ。
マスコミは小沢一郎が次の首相にふさわしいかどうかさっそく世論調査を行うべきである。
民主党は「国策捜査」と政府を非難したが、検察は政府閣僚の二階氏への事情聴取も決めたようだから「国策捜査」との非難もまた的外れとなるのではないか。
このままでは民主党が「小沢一郎との一蓮托生」に託した賭けはどうやら裏目がでて自爆、沈没となりそうだ。
民主党執行部(鳩山、菅、山岡、興石ら他)が、小沢の全面否認を事実調査もせずに鵜呑みして小沢擁護に回り、返す刀で検察を「国策捜査」と決め付け政府への非難を繰り返したことの責任をどのようにとるのかは興味津々、見ものである。
鳩山、菅の今後の発言に注目したい。
by hanamogera
或る民主支持者の小沢評